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探偵と悪魔
【ファンタジー その他小説】

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その探偵は芸術的につき-1

「マスターさん、こんにちは。」
爆弾魔の事件から数日、平和な日常が戻ってきた。
喫茶店にやってきたのは常連であり、必ずやってくると決まってやることがある。
「今日もピアノ貸してください!」
中性的でどちらかと言えば可愛い顔立ちのこの青年は、名を近藤亮太と言うらしい。
ここからそれほど遠くない音大に通っていて、ピアノを専攻しているそうだ。安下宿に住み、アルバイトをしながら通うという苦労者だ。
この店に来る理由は2つ。
この店にはグランドピアノが置いてある。言うまでもなくマスターが必要だった故の設置だが、客がいる間に弾くことはないため、彼に貸し出している。
もう一つの理由は...

♬〜♫〜

先ほどから彼が弾いているのは『幻想即興曲』という曲だが、最初の1分ほど弾き終えた後、ふと手を止めてため息をつく。
「今のところ、どう思いますか?先生に何度もやり直しさせられてるんですが、理由が全く分からないんです。」
手が動かない訳ではなく、音楽記号も全て譜面に忠実に弾いているのにと一層深いため息になる。
「私は所詮趣味でピアノを弾いているだけですよ?先生は教えてくれないのですか?」
「自分で考えろ、ですって。分かれば苦労しないんですけどね。」
青年はピアノを離れてマスターの前に腰掛け、コーヒーを注文する。
程なくしてコーヒーを受け取ると、一口飲んで青年は呟く。
「昔は譜面をよく読め!って言われてきたので、譜面に書いてあることを忠実に守ってきたんです。なんか先生の意図が汲み取れないんですよ。...ピアニストに向いてないのかな。」
「これは個人的なやり方ですがね。」
ここで、マスターが腰を上げてピアノに向かう。青年が欲するのはまさにこの瞬間である。
目の前でマスターによる幻想即興曲が始まる。

♬〜♫〜

確かに同じフレーズを弾いているはずなのに、雰囲気が違う。
聴きながら青年は考える。自分とは何が違うのか、と。
無論違う点はいっぱいあるが、何より違うのが...
「気づけましたか?」
青年と同じところで演奏をやめて振り向く。
「わざと音の強弱とかスピードを変えてます?」
「そういうことですよ。もう君は楽譜をしっかり読むことが出来てる。だから次のステップとして、自分らしい表現を考えなさい。それが、先生が言いたかったことだったのでは?」
「そういうことなんですか?楽譜って守らなくていいものなのですか?」
「楽譜はあくまで音楽の骨組みにはなりますが、それ自体が音楽にはなり得ません。私達が私達なりに音楽を解釈して演奏しなければ、音楽家の望む音楽とはならないんですよ。だからこそ、基礎を固めた今、自分の表現を磨かなくてはね。」
「なるほど!マスター、ありがとうございます。毎回マスターには僕の窮地を救ってもらってますよね。」
青年は満足そうに頷き、コーヒーを飲み干すと再びピアノを弾き始める。


「だいぶ良くなってきたのでは?」
「そうだといいんですけどね。」
「ところでお時間は平気なのですか?」
「え?わぁぁぁぁぁぁあ〜!?バイトまで
後ちょっとしかない!」
「とりあえず、荷物をまとめて。忘れ物がないようにね。」
「マスターさん、今日も本当にありがとうございました!!」
青年は嵐のように去っていった。


「ピアノの先生やったほうがいいんじゃないの?すごくウケるぞ?」
煙草を加えた柿里が気怠そうに降りてきた。
「柿里さん、店内では煙草は控えてくださいよ。コーヒーにニオイが移ってしまいます。」
マスターは睨みながら忠告する。
「悪い悪い。そう怒るなって。んで、ピアノの先生の件はどう思うのさ?」
「別にどうも...というより、自己流すぎて教えられませんよ。専門学校すら出ていないのに。」
「経歴なんているの?」
「音楽家って結構経歴重視ですからね。肩書きも持ってれば更にすごいことになるみたいですが。」
「皮肉だね。実力があっても経歴だけで判断されるなんてな。」
「音楽家に限ったものでもありませんがね。日本って国はそういうものなのでしょう。」
二人は静かにコーヒーをすする。
「彼には...活躍して欲しいですね。努力は報われて然るべきだと思うのですが。」
マスターはため息混じりにそう呟くと、コーヒーカップを洗い始めた。
「ご馳走様。さて、出かけてくるか。」
「仕事ですか?」
「まぁ、そんなところだね。事件がなければ、探偵として通常運転しないと。さすがに懐まで頼るわけにもいかないしな。」
カップをカウンターに置くと、ふらりと柿里は外へ出ていった。

「そろそろピアニストとしての活動は引き時でしょうか。」
マスターは大きなため息をつき、カップを片付ける。
少しばかり胸のざわめきが気になり、外を見る。綺麗な三日月が見える。でも、何か嫌な予感を感じながら、シャワールームへと向かうのだった。





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